神前結婚式
結婚式は、古来「冠婚葬祭」と人生の四大儀礼の一つにあげられる慶祝の儀礼で、新郎新婦が同心一体になり、偕老同穴の契りを結ぼうとするものです。新しい家庭を樹立して新生活への第一歩を踏み出す出発点として、最も意義深く執り行われるべきものです。
結婚式には古くから様々な方式があり、地方によって多様な仕来りがあります。皇室では、大婚の礼をはじめ、皇族の御結婚の礼はすべて賢所の大前で行われてきました。神社や式場で行われる神前結婚式は、大体これにならったものです。この儀式を経てはじめて、晴れて夫婦となり、社会からも承認されます。神明の照覧のもと、神々に誓ってこの儀を行うことは、清浄明朗を尊ぶ日本の国民性に最も適した儀礼といえます。
神前結婚式の一般的な次第は次の通りです。
- 時刻斎主以下新郎新婦及び参列員が着席する
- 次に修祓の儀を行う
- 次に斎主が一拝する
- 次に神饌を供する
- 次に斎主が祝詞を奏する
- 次に神酒を撤してこれを提子銚子に移す
- 次に新郎新婦が神酒を拝戴する
- 次に新郎新婦が誓詞を奏する
- 次に楽を奏する
- 次に斎主が玉串を奉って拝礼する
- 次に新郎新婦が玉串を奉って拝礼する
- 次に媒酌人が玉串を奉って拝礼する
- 次に親族が神酒を拝戴する
- 次に神饌を撤する
- 次に斎主が一拝する
- 次に各退出する
日本の婚姻形態は家父長制の家族形態の成立にともない、鎌倉中期を境に妻問婚・婿入婚から嫁入婚・嫁取婚へと変化したとされています。永続性を規範とする「家」では集団性の確認・維持のために祖先祭祀が重要であり、社会通念として存続しました。
江戸時代には武士の間で広まった嫁取婚が庶民にも普及し、縁談・見合い・結納・仲人・三三九度・お色直しという現在の結婚式の原型が形成されました。こうした多くの人の手を介する丹念な儀礼は、結婚式が個人間のものである以前に「家」や地域社会を重んじるものでした。
明治時代には伝統的な儀礼・習俗が文明開化に不相応の野蛮・非合理なものと見なされ、明六社の森有礼らによって西洋流の一夫一婦制や婚姻思想、家族観が紹介され、男女対等・平等による契約結婚式も試行されました。また新聞・雑誌がキリスト教結婚式を紹介し、次第に一つの模範として作用しはじめます。明治10年代から20年代に出雲大社教や大成教など教派神道系の教団が神前結婚式に取り組み、明治33年(1900)には皇太子(大正天皇)のご成婚式が執り行われ、翌年には神宮奉斎会が礼法講習会の一環として日比谷大神宮で模擬結婚式を挙行しました。良妻賢母主義と一夫一婦制の夫婦道を提唱する下田歌子が「旧態の家父長制的婦道」から前進した儀礼づくりに関与しており、結婚式の創出が夫婦のあり方を問ういとなみであったこと、伝統的婚姻儀礼のなかから盃事を抽出して組み立てたこと、宗教者の積極的な働きかけが見られたことなども注目されます。以後、神前結婚式はゆるやかに普及し、関東大震災後には帝国ホテルが提案した、結婚式と披露宴をセットにして提供する新サービスが、各都市の近代的巨大ホテルや会館へと波及していきました。
御嶽山御嶽神明社では、お二人の門出を祝い、末永い幸福を祈念して、神前結婚式をご奉仕致します。式の内容や日取りなど、お気軽にお問い合わせ下さい。
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